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人権教育

人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項について(答申)(抄)

平成11年7月29日
人権擁護推進審議会

 はじめに(一部略)

1 本審議会の人権に関する基本的認識

 「激動の世紀」と言われた20世紀も後一年数か月で幕を閉じ、新しく21世紀を迎えようとしている。

 人類の歴史の中で、20世紀ほど科学技術が急速に発達し、人類の未来の夢をはぐくんだ世紀はなかった。しかし、20世紀は、人々の生活に快適さと豊かさをもたらした面がある一方で、人類に多くの災いをもたらした世紀でもあった。二度の世界大戦のみならず、冷戦後も度重なる各地の局地紛争は、かつてないほどの規模で人々の生活を破壊し、その生命を奪い、さらに核戦争の恐怖を生み出している。経済開発の優先は、地球規模で深刻な環境破壊・環境汚染をもたらし、人類だけでなく、地球上に生きとし生けるものすべての生存さえも脅かしかねない。

 迎える21世紀は、「人権の世紀」と言われている。それには、20世紀の経験を踏まえ、全人類の幸福が実現する時代にしたいという全世界の人々の願望が込められている。20世紀においても1948年(昭和23年)の世界人権宣言以来、国際連合を中心に全人類の人権の実現を目指して、様々な努力が続けられてきたが、それが一斉に開花する世紀にしたいという熱望である。

 人々が生存と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利─それが人権である。この人権の尊重こそが、すべての国々の政府とすべての人々の行動基準になるよう期待されている。つまり、政府のみならず人々の相互の間において人権の意義が正しく認識され、その根底にある「人間の尊厳」が守られることが期待されているのである。

 人権は、「人間の尊厳」に基づく人間固有の権利である。しかし、地球の狭さと限られた資源の中で、人々を取り巻くあらゆる環境と共生していくことがなければ、人権の尊重もまたあり得ない時代に差し掛かっている。人権の尊重ということは、今日、そのような広がりの中でとらえられなければならない。

 世界の大きな動向から、ひるがえって我が国の人権状況を見ると、人権尊重を基本原理とする日本国憲法の下に、様々な経緯を踏まえながらも、人権尊重主義は次第に定着しつつあると言える。しかし、公的制度や諸施策そのものの在り方にかかわって、様々な課題がある。さらに、国民相互の間にも課題が残されている。とりわけ同和問題など不当な差別は、憲法施行後50年以上を経過した今日の時点でも解消されていない。我が国が、世界の人権擁護推進に寄与し、国際社会で名誉ある地位を得るためにも、これらの課題を早急に解消していく必要がある。一人一人の人間が尊厳を持つかけがえのない存在であるという考え方が尊重され、守られる社会を作っていくことが求められている。

 「人権の世紀」への始動は、既に至るところに、様々な形で見られるが、国際連合の提唱による「人権教育のための国連10年」もその一つである。そのような中で、人権擁護推進審議会(以下、「本審議会」と言う。)は、人権擁護施策推進法に基づき、まず、「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育・啓発に関する施策」の検討を行ってきた。

 人権は「人間の尊厳」に基づく権利であって、尊重されるべきものである。しかし、現実には、人々の生存、自由、幸福追求の権利、すなわち人権が、公権力と国民との間のみならず国民相互の間でも侵害される場合があり、その一つの典型が不当な差別であることは、広く認識されるに至っている。このような人権侵害とされるものの中には、人権と人権が衝突し、その衝突状況を慎重に見極めて人権侵害の有無を決すべきものもあるが、多く見られるのは、不当な差別のような一方的な人権侵害である。こうした人権侵害は、いずれにしても、決して許されるものではない。本審議会は、国民相互間の人権問題について、このような認識に立って、人権教育・啓発の施策の基本的在り方について検討してきた。

 人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めることは、まさに、国民一人一人の人間の尊厳に関する意識の問題に帰着する。これは、社会を構成する人々の相互の間で自発的に達成されることが本来望ましいものであり、国民一人一人が自分自身の課題として人権尊重の理念についての理解を深めるよう努めることが肝要である。しかし、同和問題など様々な人権課題がある我が国の現状にかんがみれば、人権教育・啓発に関する施策の推進について責務を負う国は、自らその積極的推進を図り、地方公共団体その他の関連機関など人権教育・啓発の実施主体としてそれぞれ重要な役割を担っていくべき主体とも連携しつつ、国民の努力を促すことが重要である。さらに、これらの実施主体の活動のほかに、国民のボランティア活動にも期待するところが大きい。他方、人権教育・啓発は国民一人一人の心の在り方に密接にかかわるものであることから、これが押し付けになるようなことがあってはならないことは言うまでもない。

 本審議会は、人権教育・啓発に以上のような困難な問題があることを十分踏まえた上で、人権教育・啓発を総合的に推進するための諸施策を提言するものである。

第1 人権及び人権教育・啓発に関する現状について(一部略)

 2 人権教育・啓発の現状

 本審議会の審議対象は、人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項とされている。ここに言う人権教育、人権啓発は、いずれも、人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるためのものであって、かつ、それにより、国民の人権感覚が培われ、前記のような感性がはぐくまれるなどして、人権問題を生じさせている諸要因を解消し、人権問題が解決されることを期待するものである。また、一般的に「教育」、「啓発」といっても、使われる場面によって重なり合う部分があり、この両者は明確に区別されるものではない。

 そこで、本審議会においては、今後の人権教育・啓発の基本的在り方及びこれを踏まえた人権教育・啓発の推進のための効果的な方策を各実施主体に提案するという実践的な観点から、本答申で用いる人権教育及び人権啓発を以下のように整理することとする。

 人権教育とは、基本的人権の尊重の精神が正しく身に付くよう、学校教育及び社会教育において行われる教育活動とする。人権啓発とは、広く国民の間に、人権尊重思想の普及高揚を図ることを目的に行われる研修・情報提供・広報活動等で人権教育を除いたものとする。

 (1) 人権教育

 人権教育については、日本国憲法及び教育基本法の精神にのっとり、基本的人権の尊重の精神が正しく身に付くよう、地域の実情にも留意しながら、学校教育及び社会教育を通じ様々な取組が行われている。

 しかしながら、ともすると知識を一方的に教えるにとどまっている、人権尊重の理念について必ずしも十分認識していない指導者が見られる、などの問題が指摘されている。また、人権教育を実施するに当たっては、外部の不当な介入を受けることなく、教育の中立性を確保することが引き続き重要な課題となっている。

 人権教育の現状は、以下のとおりである。

 イ 社会教育

 社会教育においては、生涯の各時期に応じ、各人の自発的学習意思に基づき、人権に関する学習ができるよう、生涯学習の視点に立って、公民館等の社会教育施設を中心に学級・講座の開設や交流活動など、人権に関する多様な学習機会が提供されている。また、社会教育指導者のための人権教育に関する手引の作成などが行われている。さらに、社会教育主事等の社会教育指導者を対象に様々な形で研修が行われ、指導者の資質の向上が図られている。

 このように、生涯学習の振興のための各種の施策を通じて人権教育が推進されているが、知識伝達型の講義形式の学習に偏りがちであることや指導者が固定しがちであることなどから、ともすると学習参加者の意欲が減退しているなどの問題が指摘されている。

 ウ 家庭教育

 家庭教育は、幼児期から子どもに豊かな情操や思いやり、善悪の判断などの基本的倫理観などをはぐくむ上で、極めて重要な役割を担っている。本来、家庭教育は、各家庭において責任を持って行われるべきものであるが、今日、家庭の教育力の低下が指摘されている。このため、家庭教育に関する親の学習機会の提供や子育てに関する相談体制の整備、家庭教育手帳等の作成・配布など家庭教育を支援する取組が行われている。一方、親の差別的な意識が、言動を通じて、子どもに再生産されてしまう場合が少なくないと指摘されている。このため、親自身が偏見を持たず、差別をしないことなどを日常生活を通じて身をもって子どもに示していくことが求められている。

第2 人権教育・啓発の基本的在り方について(一部略)

 1 人権尊重の理念

 人権とは、すべての人間が、人間の尊厳に基づいて持っている固有の権利である。人権は、社会を構成するすべての人々が個人としての生存と自由を確保し、社会において幸福な生活を営むために、欠かすことのできない権利であるが、それは人間固有の尊厳に由来する。

 日本国憲法において、人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、侵すことのできない永久の権利として現在及び将来の国民に与えられたものであるとされている (97条、11条)。また、昨年、第3回国際連合総会で採択されてから50周年を迎えた世界人権宣言においては、人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であるとされている(前文)。人権は何よりも大切なものであり、人権の尊重が政府及び人々の行動基準とされなければならないことは、1993年(平成5年)のウィーンにおける世界人権会議などにおいても確認されている。

 このように普遍的な意義を持つ人権の内容は、日本国憲法においても、個人の尊重、生命、自由、幸福追求の権利の尊重(13条)と法の下の平等及び差別の禁止(14条)という二つの包括的な規定と、様々な人権の個別・具体的な保障規定の中に明文で示されている。

 これらの人権が不可侵であるということは、歴史的には、主として、公権力によって侵されないという意味で理解されてきたが、人間はどのような関係においても人間として尊重されるべきものであるということにかんがみれば、人権は、国や地方公共団体といった公権力の主体との関係においてだけでなく、国民相互の関係においても尊重されるべきものであることは言うまでもない。

 我が国においては、一方で、本来、正当に主張すべき場面での権利主張が必ずしも十分に行われていないという問題があり、他方で、自分の権利を主張する上で、他人の権利にも十分配慮することができない者も少なくないという問題があるが、これは、詰まるところ、人権についての正しい理解がいまだ不十分であるからにほかならない。今日、人権の尊重が世界共通の行動基準とされるすう勢にあることからしても、今後の我が国社会においては、一人一人が自分の人権のみならず他人の人権についても正しい理解を持つとともに、権利の行使に伴う責任を自覚し、人権を相互に尊重し合い、その共存を図っていくことが重要である。日本国憲法12条も、この趣旨をうたっている。

 すべての人は、人間として皆同じように大切な人権を有しているのであり、すべての個人が自律した存在としてそれぞれの幸福を最大限に追求することができる平和で豊かな社会は、国民相互の人権が共に尊重されてこそ初めて実現されるものである。

 このような認識に立ち、本審議会は、人権尊重の理念を、自分の人権のみならず他人の人権についても正しく理解し、その権利の行使に伴う責任を自覚して、人権を相互に尊重し合うこと、すなわち、人権の共存の考え方ととらえるものである。

 2 人権教育・啓発の基本的在り方

 人権が共存する人権尊重社会を実現するためには、国民一人一人が人権尊重の理念について正しく理解することが重要である。このため、人権尊重の理念について国民相互の理解を深めることを目的として行われる人権教育・啓発の果たす役割は極めて大きい。

 人権教育・啓発に当たっては、国民一人一人に、人権の意義やその重要性が知識として確実に身に付き、人権問題を直感的にとらえる感性や日常生活において人権への配慮がその態度や行動に現れるような人権感覚が十分身に付くよう、対象者の発達段階に応じながら、その対象者の家族、学校、地域社会などにおける日常生活の経験などを具体的に取り上げるなど、創意工夫を凝らしていく必要がある。その際、人格が形成される早い時期から、人権尊重の精神の芽生えが感性としてはぐくまれるよう配慮する必要がある。また、人権教育・啓発は、国民一人一人の心の在り方に密接にかかわる問題であることから、その性質上、押し付けにならないように留意する必要がある。

 人権教育・啓発は、国民一人一人の生涯の中で、様々な機会を通して実施されることにより効果を上げるものと言える。そのため、人権教育・啓発の実施主体は相互に十分な連携をとり、その総合的な推進に努めることが必要である。

 人権教育・啓発の手法については、法の下の平等、個人の尊重といった人権一般の普遍的な視点からのアプローチと、具体的な人権課題に即した個別的な視点からのアプローチとがあり、この両者があいまって人権尊重の理念についての理解が深まっていくものと考えられる。この両者に十分配慮しながら、人権教育・啓発を進めていく必要があるが、個別的な視点からのアプローチに当たっては、地域の実情等を踏まえるとともに、人権課題に関して正しく理解し、物事を合理的に判断する精神を身に付けることができるように働きかける必要がある。その際、同和問題など様々な人権課題に関してこれまで取り組まれてきた教育・啓発活動の成果と手法への評価を踏まえる必要がある。

 さらに、人権教育・啓発がその効果を十分に発揮するには、その内容はもとより、実施の方法等においても国民から幅広く理解と共感を得られるものであることが必要である。

 この観点からすると、人権教育・啓発は、その内容・方法等において、国民からあまねく受け入れられるものであることが望まれ、また、これを担当する行政は、主体性を確保することが重要である。一方、人権教育・啓発にかかわるすべての人は、国民の間には人権問題や人権教育・啓発の内容・手法等に関し多様な意見が存在していることにも十分配意し、異なった意見に対する寛容の精神に立って、人権問題等に関して自由な意見の交換を行うことができる環境づくりに努めることが求められる。これに関連して言えば、人権上問題のある行為をしたとされる者に対する行き過ぎた追及行為は、国民に人権問題に関する自由な意見交換を差し控えさせることになるなど、上記環境づくりの上で好ましくないものと言える。人権上問題のあるような行為をした者に対しては、人権擁護に当たる公的機関が迅速かつ適正に対応することが重要である。

 なお、人権問題を口実とした不当な利益等の要求行為の横行も、人権問題に対する国民の理解を妨げ、ひいては人権教育・啓発の効果をくつがえすものであるから、その排除に努める必要がある。

 (1) 人権教育

 人権教育は、生涯学習の視点に立って、幼児期からの発達段階を踏まえ、地域の実情等に応じて、学校教育、社会教育及び家庭教育のそれぞれが互いの主体性を尊重しつつ、相互の連携を図ってこれを実施する必要がある。人権教育をより効果的に推進するためには、今後とも、学習機会の一層の充実、指導方法や学習教材の開発・提供、指導者の養成・確保等を図っていく必要がある。

 人権教育を進めるに当たっては、政治運動や社会運動との関係を明確に区別し、それらの運動そのものも教育であるといったようなことがないよう、教育の中立性が守られるように留意しなければならない。

 (略)

 イ 社会教育

 社会教育においては、生涯学習の振興のための各種の施策を通じて人権に関する学習を一層推進していくことが必要である。

 幼児から高齢者に至る幅広い層を対象に、それぞれのライフサイクルにおける学習活動に対応して、生涯にわたって人権に関する多様な学習機会の一層の充実を図る必要がある。学習意欲を喚起する学習プログラムを開発・提供していくことも重要である。具体的な展開においては、参加型学習などの体験活動や身近な課題等を取り上げるなど日常生活において態度や行動に現れるような人権感覚が身に付くように創意工夫していくことが考えられる。また、人権に関し幅広い識見のある人材を活用するなど、指導者層の充実を図る必要がある。

 ウ 家庭教育

 家庭教育は、本来、各家庭における価値観等に基づき行われるものであるが、教育の原点と言われるように、幼児期から豊かな情操や思いやり、善悪の判断など人間形成の基礎をはぐくむ上で家庭の果たす役割は極めて重要である。このため、家庭の教育力の向上を図るとともに、親自身が偏見を持たず、差別をしないことなどを日常生活を通じて自らの姿をもって子どもに示していくことが必要である。このため、今後とも親に対する学習機会の提供など家庭教育に対する支援の一層の充実を図っていくことが重要である。

 (2) 人権啓発

 人権啓発は、これまで様々な実施主体により様々な態様で行われてきたが、国民一人一人が人権尊重の理念を真に自分のものとして身に付けるには、各実施主体は、今後とも地道にねばり強く啓発を続けていくことが重要である。その際には、法の下の平等、個人の尊重といった普遍的な視点から人権の尊重の理念を訴えることも重要であるが、真に国民の理解ないし共感を得るためには、これと併せて、具体的な人権課題に即し、国民に親しみやすく分かりやすいテーマや表現を用いるなど、様々な創意工夫が求められている。

 対象者の発達段階に応じた啓発手法の選択も重要である。例えば、子どもに対する啓発としては、他人の痛みが分かる、他人の気持ちが理解でき、行動できるなど他人を思いやる心をはぐくみ、子どもの情操をより豊かにすることを目的として、子ども自らが人権に関する作文を書いたり、人権に関する標語を考えたり、草花を栽培するよう働きかける活動などは非常に有用である。一方で、今後の人権啓発においては、マスメディアの積極的な活用も極めて重要になってくる。これまでの講演会などのイベントを中心とした広報活動も一定の効果はあったが、より多くの国民に効率的に人権尊重の理念の重要性を伝えるには、マスメディアの積極的な活用が不可欠と言える。

 大きな社会問題となった人権上の問題に対して、人権擁護に当たる機関が、適時に、人権擁護の観点から具体的な呼び掛け等を行うことも、広く国民が人権尊重についての正しい認識を持つようになるためには、大きな効果が期待できる。

 地域の住民が人権尊重の理念について、身近に感じ、その理解を深めることができるよう、地域の実情を踏まえ、具体的な事例を挙げて、地域に密着した啓発を行うことも重要である。 人権啓発の創意工夫に当たっては、広報のノウハウを有する民間の機関(あるいは企業)の斬新なアイディアを活用することも有効である。

 人権啓発は、これまで様々な実施主体によって行われてきたが、人権問題が今後ますます複雑化・国際化する傾向にある中で、これを一層効果的かつ総合的に推進しなければならない。そのためには、各実施主体が担うべき役割を踏まえた上で、相互の有機的な連携協力関係を強化して啓発を実施することが必要である。

 国民が、啓発の実施主体の存在及びその活動内容を十分認識し、その活動の意義を承知していればいるほど、啓発効果はより大きいものを期待することができる。したがって、国の人権擁護機関を始めとする啓発実施主体は、その周知度を高めるため、ホームページの活用、マスメディアの活用等も含めて積極的に広報活動を展開しなければならない。

第3 人権教育・啓発の総合的かつ効果的な推進のための方策について(一部略)

 1 人権教育・啓発の実施主体の役割

 すべての人々の人権が尊重される平和で豊かな社会が実現されるためには、まず、国民一人一人が自分自身の課題として人権尊重の理念についての理解を深めようとすることが求められる。人権教育・啓発の各実施主体は、国民のそのような努力を促すという面からも、人権教育・啓発の基本的な在り方を踏まえた上、それぞれの役割を明確にし、その役割に応じて相互に連携協力して総合的かつ効果的に人権教育・啓発を推進していく必要がある。なお、各実施主体の枢要な立場にある人はもとより、人権教育・啓発を担当する人も、上記のような自己啓発に努めるべきであることは言うまでもない。

 (1) 行政

 国、都道府県、市町村は、それぞれの行政対象区域と機能に応じて全体として整合性のとれた役割分担により効果的な教育・啓発を推進する必要があるが、それぞれの具体的な役割は、おおむね次のように考えられる。

 ア 国

 国は、全国的な視点に立って進めるべき施策を実施するとともに、国際的動向を含めた人権教育・啓発に関する性格かつ多様な情報の収集・提供、助言等の各実施主体に対する支援を行うという役割が求められる。具体的には次のとおりである。

 人権教育においては、教育委員会等が主体的かつ特色のある取組ができるよう、例えば、指導方法等に関する研究や開発、指導者の養成・確保、学習機会を提供する取組に対する支援等を図っていく必要がある。

 イ 地方公共団体

 都道府県は、市町村を包括する広域の地方公共団体として、国との連携を図りつつ、その地域の実情を踏まえた啓発についての企画・立案とその実施や市町村を先導する事業、市町村では実施が困難な事業、市町村に対する助言や情報提供等を行い、市町村の取組を支援する事業などを積極的に推進するという役割が求められる。市町村は、基礎的な地方公共団体として、地域に密着したきめ細かい啓発活動をより一層推進する役割が求められる。

 都道府県・市町村教育委員会は、例えば、指導者の研修の実施や教材等の作成、学習機会の提供など、学校や社会教育施設等での主体的かつ特色ある取組を支援していく積極的な役割が求められる。その際、教育の中立性を確保しつつ、学校等で適正な教育が行われるようにしていくことが必要である。さらに、家庭教育の重要性にかんがみ、家庭教育に対する支援の充実が求められる。

 これらの人権教育・啓発を推進するに当たっては、都道府県や市町村との間や知事部局・市町村長部局と教育委員会との間に一層の連携協力関係が保たれることが望まれる。

 このように地方公共団体においては、地域に密着し、地域の実状を踏まえた人権教育・啓発活動が大切であるが、人権教育・啓発の効果的推進には、真に地域住民の理解と共感が得られ、地域住民に信頼されることが何よりも重要であることから、行政の主体性の確立に向けた取組が求められる。

 (2) 人権擁護委員

 人権擁護委員は、現在、約14,000人が全国の市町村まであまねく配置されており、地域において国民の日常生活に接しつつ広く人権尊重思想を普及する機関として、その担うべき役割は非常に大きい。

 今後とも法務省の人権擁護部門と一体となって、全国的な視野に立ちつつ、それぞれの職務執行区域において地域に密着した啓発活動を積極的に展開することが期待される。その際には、市町村や教育関係機関等と緊密に連携協力しながら、効果的な啓発活動を行っていくことが求められる。特に、今後は、人権擁護委員やその組織体が、上記のような啓発活動の企画・立案にも積極的に取り組むことが望まれる。これらの役割を十分果たすためには、人権擁護委員に対する研修を一層充実することも必要である。

 (4) 社会教育施設

 学習者のニーズや地域の実情に応じた多様な学習機会を提供する上で地域住民にとって身近な公民館等社会教育施設の果たす役割は重要である。公民館等社会教育施設においては、学級・講座の開設等を通じて人権に関する学習機会の一層の充実を図る必要がある。また、学習ニーズに対応し、学習意欲を高めるような魅力ある手法を用いるとともに、学級・講座等の指導においては、教育関係者だけでなく、人権に関し幅広い識見のある人材を活用していく必要がある。このほか、ボランティア団体をはじめとするNPOを含めた関係機関との連携の下で、人権教育に関する指導者や学習機会等についての様々な情報を収集し、地域住民に提供していくなど、地域における人権教育を推進するための中核的役割を担っていくことが望まれる。なお、学校同様に教育の中立性が確保される必要がある。

 (5) 各種施設

 隣保館、女性センターなど各種施設においては、各施設の設定目的に沿った主たる活動のほかに、人権教育・啓発に係る取組なども行われている。特に、隣保館においては、地域社会全体の中で人権啓発の住民交流の拠点となる開かれたコミュニティーセンターとしての取組などが行われている。これらの取組は、人権尊重意識の普及高揚を図る上で効果をを上げており、今後とも、各地域における各種の自治組織、文化・福祉等の活動に関する組織との連携を図るなどして、その取組を一層充実させることが望まれる。また、幼児期は人間形成の基礎が培われる大切な時期であることから、保育所における取組の充実も望まれる。

 (7) 民間団体

 人権擁護の分野においては、公益法人やボランティア団体などが多種多様な活動を行っており、今後とも様々な分野で人権教育・啓発の実施主体として重要な一翼を担っていくことが期待される。このように重要な役割を担うことからすれば、各民間団体は、自己研鑽を積むとともに国民から理解され共感されるような取組を心掛けることが求められる。

 なお、(財)人権教育啓発推進センターは、前記のような活動の位置付けから見て、今後、中立公正な立場で、民間団体としての特質を生かした人権教育・啓発活動を総合的に行うナショナルセンターとしての役割を果たすことが求められる。


 2 人権教育・啓発の総合的かつ効果的な推進のための施策

 (3) 人権教育・啓発の効果的な推進のための施策

 ア 人権教育

 (イ)社会教育においては、国は、<1>地域の実情や学習者のニーズに応じた多様な学習機会の一層の充実を図ること、<2>学習意欲を高める参加体験型の学習プログラムを開発するとともに、広く関係機関に、その成果を提供すること、<3>社会教育指導者に対する研修の一層の充実を図るとともに、指導者として、人権に関して幅広い識見のある人材を多方面から活用するなど指導体制の一層の充実を図ること、<4>公民館等の社会教育施設を中心に、人権教育に関する指導者や学習機会等、様々な情報を地域住民に提供できるよう、関係機関等との連携を図ることが必要である。

 (ウ)家庭教育に関しては、幼児期から豊かな情操や思いやり、善悪の判断など人間形成の基礎をはぐくむことができるよう家庭の教育力の向上を図るとともに、親自身が偏見を持たず、差別をしないことなどを日常生活を通じて身をもって子どもに示していく必要がある。このため、国は、家庭教育に関する親に対する学習機会の充実を図るとともに、これらの学習機会、相談窓口、関係機関などについての情報の提供や子育てに関する相談体制の整備など、家庭教育を支援する取組の一層の充実を図る必要がある。

 イ 人権啓発

 (ア)人権啓発においては、国の機関等が人権啓発の基礎的な在り方を踏まえた効果的な啓発を推進できるよう、人権啓発事務を所掌する法務省がその指針等を策定し、その周知を図る必要がある。

おわりに

 本答申は、本審議会に付託された事項のうち、人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施設の総合的推進に関するものである。

 本審議会は、人権尊重の理念に関する国民相互の理解については、まさに、国民一人一人が主体的に取り組むべき課題であるとの認識の上に立ち、国民一人一人が人権尊重の理念を深めるための施策について、様々な観点から検討し、国を始めとするそれぞれの実施主体が人権教育・啓発を総合的に推進するための諸施策について、提言を行ったものであり、これを踏まえて、政府が速やかに所要の行財政措置を講ずることを望む。また、「人権教育のための国連10年」に関する国内行政計画の実施に当たって、本答申を踏まえた一層効果的な取組が行われることを期待するものである。

 本答申の趣旨が実現するためには、行政のみならず、学校、社会教育施設、企業、民間団体、マスメディアなどにおける積極的な取組とともに、国民一人一人の理解と協力が必要不可欠である。本答申の趣旨が広く国民に浸透するよう、政府が様々な機会をとらえてその周知を図っていくことを切望する。

 我々は、本答申が、すべての人々の人権が尊重される平和で豊かな社会の実現に貢献することを切望するものであるが、このような社会の実現には、さらに、人権が侵害された場合における被害者の救済を欠かすことができない。我々は、このような視点に立って、今後、諮問第2号である「人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策の充実に関する基本的事項について」調査審議を行うこととする。